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お城跡巡り、松ヶ崎城跡

皆さん 売買部の戸沢です

本日は前から気になっていました柏市松ヶ崎にございます松ヶ崎城跡

のブログです

北柏駅から松葉町に向かう鉄塔通りから左側に見える丘が松ヶ崎城跡

この看板見たことありませんか?歩いて行ったのですが、この看板の所まで

車で行けるようになっていました

お城の出入り口だった所

城址の更に高い所から城下を見下ろしていたそうです

ここで松ヶ崎城跡のご説明です

松ヶ崎城跡は、手賀沼を見渡す台地の先端部に造られた戦国時代の中世城館跡で、城主は不明でずが、戦国時代の15世紀後半から16世紀前半頃にも造られていたと考えられています。
『城』というと、普通は姫路城や大阪城のような天守閣と高い石垣をもった城のイメージですが、このような城は織田信長の安土城にはじまるものです。中世の城は、天守閣や本格的な石垣はなく、土塁・堀と木造の建造物から造られています。県内では約1000ヶ所の中世城館が確認されていますが、破壊されたものも多く、保存状態のよいものでも、その多くは土塁と堀が残る程度です。松ヶ崎城跡の所在する手賀沼西端の北柏周辺地域は、近年、交通・物流史の視点から、水上交通と陸上交通の要衝として注目されています。中世以前の手賀沼は、今よりも広く、松ヶ崎城の眼下まで及んでいたと考えられ、この場所はね茨城県側の菅生沼や牛久沼、千葉県側の手賀沼や印旛沼が霞ヶ浦や北浦と一体となって形成していた内湾(香取の海)の最西端にあたります。この手賀沼最西端地区には、中世の館跡や町場跡が確認された中馬場遺跡や法華坊遺跡があり、隣接する我孫子市根戸城跡などと共に、柏の歴史だけでなく中世史解明の上でも非常に興味深い場所です。

香取神宮文書に記された松ヶ崎

戦国時代からは少し前なりますが、香取神宮文書の応永25年(1418年)の記録には、編宮に伴う仮殿の屋根に葺く厚板である瓦木を『御かわらの木、相馬松崎にてとり申候』という記述や、それを船で運んだ記述があります。このことから、当時の松ヶ崎には松材を採取するほどの松林があったこと、そしてそれを船で香取神宮まで運び出せる環境にあったことが分かります。

ふ~ん、松ヶ崎の松を香取神宮まで運んだんだ

堀だった場所も本当は4mの高さがあったと書いてありますが、年月が経って現在では高い所でも2mくらいしかありません

綺麗な公園のようになっていて、地域の皆様で植樹もおこなっています

皆様も機会があったら是非行ってみてください

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